はじめに
節分と聞くと、
豆まきや恵方巻を思い浮かべる方が
多いかもしれません。
でも実は、
節分には古くからの深い意味と
歴史があるのをご存知ですか?
本記事では、
節分の起源や行事の背景をひもときながら、
現代の楽しみ方もあわせてご紹介します。

節分とは
節分の言われ
節分は、
季節の分かれ目ということで、
もともとは「立春、立夏、立秋、立冬」の
前日を表す言葉でした。
その中で立春が、新しい四季が始まる
大切な節目であるため、
現在ではその前日のみを
節分と呼ぶようになりました。
四季の一巡りを1年とすると、
立春は新年の第一日目になります。
節分は旧年の最後の日となるので、
大晦日にあたります。
そのため、節分には古くから新年を
迎えるための祓い清めの
行事が行われてきました。
節分の鬼の言われ
鬼は鬼門(東北)にいると
考えられていました。
東北は干支の丑寅の方角です。
そこから、
丑(牛)のような角と
虎のような牙があり、
虎模様のパンツをはいていると
言われています。
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節分の歴史
古代中国では、
季節の変わり目には邪気が
生じると考えられており、
大晦日には鬼や災難を追い払う厄除けとして、
「追儺」※の行事が行われました。
それが日本に伝わり、平安時代には宮中で、
追儺の行事が行なわれていました。
室町時代の頃には豆をまくようになり、
江戸時代には庶民の間に定着しました。
節分に追儺が行われるようになったのは、
室町時代以降で、
鎌倉時代末期までは12月31日に
行われていました。
※追儺
金色の四つ目の面をつけ、
右手に矛、左手に盾を持つ
方相氏が鬼を払う行事です。
これが日本に伝わり、
大晦日に行われました。
かつては鬼を払う役目だった方相氏が
後に鬼の役になり、
それを、桃の枝の弓で、
葦の矢を射って追い払いました。
これが民間の風習と混じり
節分の豆まきになりました。
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節分の行事
豆まき
節分の豆まきには、
本年の穢れを払い清め、
新年を迎えるための儀式という
意味があります。
節分の前日に大豆を一升枡か
三宝に入れて神棚に供えます。
これを福豆といい、
当日の日暮れまでに豆を炒ります。
生ではなく炒った大豆を使うのは、
生の豆を外へまくと、
そこから芽をだすことがあり、
縁起が悪いこととして、
芽を出さない炒った豆を使います。
外へまいた豆は、白い紙で包んで、
塩生を振ってから浄めてから捨てます。
大きな声で「威勢よく豆を打ちつける」
ことにも意味があります。
中国などでは旧正月に爆竹をしますが、
大きな声や音は魔除けになるからです。
豆をまいた後、「ピシャリ」と
戸を閉めるのも魔除けのためです。
節分の豆について
今では炒った大豆を使いますが、
かつては「五穀の稲・麦・粟・稗・豆」を
まいていました。
五穀には生命力があり、魔除けになると
考えられていたからです。
また、
豆は「魔(ま)を滅(め)」するに、
音が通じるため、
音魂としての豆の力を用いて
「魔を滅する」とされています。
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恵方巻き
恵方巻きを食べるのは
比較的新しい風習ですが、
しだいに定着しつつあります。
七福神にちなんで七つの具材を入れますが、
特に具材は決まっておらず、
「かんぴょう、きゅうり、伊達巻、鰻」
などが代表的です。
恵方巻きは、
その年の恵方(縁起の良い方角)に向かって、
食べ終わるまで、何もしゃべらず、
切らずに一本食べると、
「夢がかない、一年を無病息災」で
過ごせるといわれています。
恵方は毎年変わるので、
暦などを見て確認してください。

柊挿しひらぎさし
柊挿しは、
鬼の侵入を防ぐために、
焼いた鰯の頭や臭気の強いものを
柊の枝に挿し、間口や家の軒下につるす
「魔除けのおまじない」です。
鰯や臭気の強いものの悪臭は、
鬼が嫌うといわれ、
とげのある柊には鬼を寄せつけないと
いう意味があります。
柊挿しは、
飛鳥時代の「疫病退散の儀式」が
起源だといわれています。

おわりに
節分は、
古くから続く日本の大切な行事であり、
家族の健康や幸せを願う
心が込められています。
豆まきや恵方巻など、
昔ながらの風習を楽しみながら、
季節の移り変わりを
感じてみてはいかがでしょうか。
日々の暮らしに、
少しだけ日本の伝統を
取り入れてみるのも素敵ですね。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
参考書籍:
①株式会社飛鳥新社発行
本間美加著
日本の365日を愛おしむ
「季節を感じる暮らしの暦」
②株式会社飛鳥新社発行
白井明夫著
暮らしのならわし十二か月


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