はじめに
「三国志」には、
時代を超えて語り継がれる数々の
「故事」があります。
その一つひとつが、
現代を生きる私たちにも通じる
「人生の教訓」として輝いています。
今回はその中から、
特に「人間関係」に役立つ10の故事を
厳選しました。
人との関わりに悩んだとき、
心がちょっと疲れたとき、
この知恵があなたの背中を
そっと押してくれるはずです。

三国志とは
三国志は、
魏(ぎ)、呉(ご)、蜀(しょく)の
三国の争いを書いた史実と虚構を交えた
歴史物語です。
主な登場人物
劉備(りゅうび):
蜀漢の初代皇帝
関羽(かんう):
劉備、張飛と黄巾の乱から
行動を共にし蜀の建国に尽くした人物
張飛(ちょうひ):
劉備、関羽と黄巾の乱から
行動を共にし蜀の建国に尽くした人物
諸葛孔明(しょかつこうめい):
劉備に仕え、天才軍師として活躍
曹操(そうそう):
魏の建国に尽力し、
乱世の英雄とされる人物
呂布(りょふ):
武芸を極めた武将
孫権(そんけん):
呉王
馬謖(ばしょく):
人並みはずれた才能は諸葛亮に
高く評価されていた
曹丕(そうひ):
魏の初代皇帝
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三国主な年表
| 西暦 | 魏の出来事 | 蜀の出来事 | 呉の出来事 |
| 220 | 曹丕が魏の文帝に | ||
| 221 | 孫権、魏に臣従 | 劉備が帝位に | 孫権、呉王に |
| 222 | 呉を攻める | 劉備、陸遜に大敗 | 孫権、独自に年号 |
| 223 | 曹仁が呉に敗れる | 劉備死す | 蜀と同盟 |
| 224 | 呉を攻める | 呉の使者、来訪 | 徐盛、魏を退ける |
| 238 | 卑弥呼が遣使 | ||
| 241 | 呉の侵攻を防ぐ | 上庸郡に出兵 | 魏と対峙する |
| 243 | 卑弥呼が遣使 | 姜維が大将軍に | 顧雍、死す |
| 244 | 曹爽、漢中で敗退 | 魏を退ける | 陸遜が丞相に |
| 250 | 呉の混乱に乗じて攻撃 | 姜維が西平へ進軍 | 孫亮が皇太子に |
| 252 | 呉の南部を攻める | 孫権、死す | |
| 253 | 呉と攻防を繰り返す | 費禕が刺殺される | 諸葛恪が殺される |
| 263 | 蜀を平定 | 魏により滅亡 | |
| 280 | 呉を滅ぼし統一 | 魏により滅亡 |

故事
疎きは親しきを間てず
(1)疎きは親しきを間てず
①意味:
親密な人間関係の間に部外者は口を出さない。
②エピソード:
蜀の諸葛孔明は、
劉表(政治家、儒学者)の長男、劉琦から
「後継者問題で争いがあり、
その渦中にある自分は、このままでは継母に
殺されそうなので、
良い方法はありませんか?」
と相談を受けました。
その時にこの言葉を言って、
口出ししないようにしました。
枉駕
(2)枉駕
①意味:
人の訪問を敬っていう言葉。
身分の高い人が、代理人を立てずに
自ら来ることを尊んでいう言葉。
②エピソード:
蜀の徐庶(政治家・武将)は、
劉備に諸葛孔明の賢さを証明し、
軍師
そこで劉備は、諸葛孔明を連れてくるように
命令しました。
しかし、徐庶は
「諸葛孔明に会いに行くことはできますが、
無理に連れてくることはできません」
といい、
良好な人間関係を築くために、
直接会って話すことを勧めました。
君辱めらるれば臣死す
(3)君辱めらるれば臣死す
①意味:
主君が辱めを受けるようなことがあれば、
その家来は命を投げ出してでも主君の恥を
注がなければならない。
②エピソード:
仲間割れをした李傕(武将)と
郭汜(政治家、武将)の間に立ち
解決するように命令された
皇甫酈(政治家)は、
李傕が従わなかったので追放しました。
しかし、非難し続けるので、
「お前は君子と生死を共にする気はないのか」
と言い聞かせました。
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唇亡びて歯寒し
(4)唇亡びて歯寒し
①意味:
互いに助け合う関係の者の、一方が滅びると
他の一方も危うくなること。
②エピソード:
追い詰められた呂布(政治家)は、
袁術(政治家、武将)の所へ、
王楷(政治家)を遣わし、
「呂布が負ければあなたも危ない」と
応援を頼みました。
また、
劉備が蜀に攻めいったときに、
張魯(正一教の指導者)に加勢を求めた
劉璋(群雄※)の使者が
「蜀と漢中は唇歯の間柄」といい、
「蜀に何かあれば、漢中もただでは済まない」
と主張しました。
※1・群雄
多くの英雄や実力者のことです。
四字熟語の「群雄割拠」に使われ、
意味は
『権力者がそれぞれ拠点を持ち、
勢力をふるうこと』です。
※2・唇歯の間柄
唇亡びて歯寒しの同義語として
使われています。
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子を知るは父に若くは莫し
(5)子を知るは父に若くは莫し、
臣を知るは君に若くは莫し
①意味:
子供のことはその父親がよく知っており、
家来のことはその主君がよく知っている。
②エピソード:
劉備の所へ行くために
千里の道を走った関羽は大雨のため、
郭常(武将)の所で雨宿りを
させてもらいました。
その時郭常の息子が
赤兎馬(赤い毛で兎のように素早い馬)を
盗もうとして斬られそうになりました。
郭常は
「こんな息子でも私には大切な息子です」
と助けを求めたときに言った言葉です。

三顧の礼
(6)三顧の礼
①意味:
礼を尽くして人を招き入れること
②エピソード:
劉備は諸葛孔明を迎え入れるために、
諸葛孔明の所へ行きました。
2回訪ねても留守だったので、
関羽がやめるように言いましたが、
3回目も訪ねました。
そこでようやく諸葛孔明と
会うことができました。
諸葛孔明は劉備の行動に感激して、
これ以降、忠義を尽くすことに
なりました。
舐犢の愛
(7)舐犢の愛
①意味:
親牛が子牛を舐めて愛するように、
親が子供を深く愛すること。
②エピソード:
後漢の楊彪(政治家、学者)の
子供楊脩(政治家)は
魏の曹操に殺されました。
後年、曹操が楊彪に合ったときに、
ひどく痩せていたので、理由を聞くと
「子供が殺された今でも、親牛が子牛を舐めて
愛するような愛情だけは持っています」
と答えました。
それを聞いた曹操はその後、
自分の態度を改めるようになりました。
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水魚の交わり
(8)水魚の交わり
①意味:
水と魚の切り離せない関係のような
非常に親密な交友。
切っても切れない結びつきのこと。
②エピソード:
諸葛孔明を軍師として雇った劉備は、
諸葛孔明をの見識の高さに感服し、
連日二人の談義が続きました。
それを見かねた関羽が
「諸葛孔明を持ちあげすぎ」と言うと、
劉備は
「私が諸葛孔明を雇ったのは、
魚が水を得たようなものなので、
不満に思わないで欲しい」と言いました。
内助の功
(9)内助の功
①意味:
妻が家庭を支え、夫の社会活動を
助けること。
内部から与える援助のこと。
②エピソード:
趙昂(武将)の妻の王異は、
馬超(将軍)からの攻撃を受け、
劣勢になったときに、
自ら防具を着けて趙昂の援助をしました。
また、
自分の高価な衣服を家臣への恩賞にして、
士気を高めました。
泣いて馬謖を斬る
(10)泣いて馬謖を斬る
①意味:
規律を保つために肉親や親しい人でも、
違反した者を厳しく罰すること。
②エピソード:
諸葛亮が、常日頃から大事にしてきた
部下の馬謖(武将)が、
自分の命令に従わず魏に大敗したため、
泣く泣く斬首にしました。

おわりに
「三国志」より
「人間関係に役立つ故事」を10紹介しました。
少しでも心に響く言葉があれば、
とてもうれしく思います。
人との関わりに迷ったとき、
ふとこのページを思い出して、
また一歩、前に進むきっかけに
なって頂ければ幸いです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
参考書籍:
株式会社HK INTERNATIONAL VISION発行
三国志故事成語辞典
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